あるがままを受け入れて 鮎斗君のお父さんが生まれ育ったロケットの町、大樹町から福島に暮した半生を静に語ってみます

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つい最近、新聞やテレビのニュースで大樹町が話題になりました。

2019/05/04 · 元ライブドア社長で実業家の堀江貴文さんが出資する宇宙ベンチャー、インターステラテクノロジズ(IST)の小型ロケット「MO(モ)MO(モ)」3号機が4日午前5時45分、北海道大樹町から打ち上げられた。(asahi.comから引用)

過去二度の打ち上げ失敗からの見事な打ち上げ成功でした。 今は遠く離れた福島の田舎町から打ち上げを見守っていました。

 

鮎斗君のお父さんは北海道は十勝の小さな町大樹町で生まれました。

 

冬には、割った竹の爪先部分を火で炙って曲げただけの竹スキーを長靴に引っ掛けて、踏み固められた雪の上を滑らせながら2キロ先の小学校まで通った。

竹スキー

 

夏には家の裏に流れる大川(正式名、歴舟川)で泳いだ。大川はわりと大きな川で、広い河原には砂利採取機がガラガラと大きな音を立てて砂利を掘っていた。

河原砂利採取機

河原のあちこちに砂利採取機が掘った大きな穴があいていた。そこには川の水が溜まっていてプールのようになっていた。そのプールの水は日に照らされて温められてぬるま湯のようになっていたから低学年のころはそこで泳ぎ、遊んでいた。

 

日本一の清流と言われているらしい

 

砂金採り風景

自分が小さかった頃には砂金の話は聞いたことがなかったが、最近では河原の砂金採りやカヌーの川下り、河原のキャンプ等で賑わっているらしい。

 

竹竿のアカハラ(うぐい)釣りが大好きで、竹竿を握る手に伝ってくる魚が餌を突く感覚が今でも忘れられない。現在の海での釣り好きもこの小さい頃の思い出があるからだと思う。

 

また、河原の土手に生えている柳の木で弓矢を作って遊んだり、巨大なラワン蕗をとったり、幼なじみの友達とかくれんぼ、缶けり、パッチ、ビー玉遊び 釘刺し陣取り、石蹴り、と暗くなるまで外で遊んでいた。今の子供達がやるゲームやスマホなんか無くて一日中真っ 黒になって遊んだ。そんな幼少期、少年期をごしていました。

 

楽しかった、懐かしいあの頃に戻れたら・・・。

 

でもそんな大樹町での毎日は13歳のとき突然終わりを告げました。

 

後に結婚して子供も生まれて家庭を持ちました。二人目に生まれた息子には知的障害がありました。重度の自閉症です。

 

自身も腎臓病や肺疾患に見舞われましたが、その全てを”あるがままに受け入れて”、無我夢中で妻、息子たちと生きて来ました。

 

病魔に倒れ会社を追われ今は、日に6時間週4回の長時間透析治療を受けながらも後期高齢者の仲間入りをした筆者が、有り余る時間を得て、悪戦苦闘した前半生を振り返ってみたいと思います。

 

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