電車でGO 電車でヨーカドーまでお散歩 あまりに遠くてお散歩中止

鮎斗君
旧いわき駅
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鮎斗君のお散歩Ⅵ、電車でGO!

 

JR常磐線いわき駅から東京方面上りの各駅停車電車は内郷駅、湯本駅、泉駅、植田駅と続いている、電車にはめったに乗らないが、たまには電車で散歩もいいだろうと思った。その日はポテトチップ1袋を入れたレジ袋をぶら下げて出かけた。いつものように新川の川沿いの遊歩道を歩いて平の街なかに出たらいつもと反対の駅の方へ誘導した。鮎斗君は「そっちは違うぞ!」という顔をしたが抵抗はしなかった。いわき駅まで1時間くらいで着いて自販機できっぷを2枚買ったが、その間鮎斗君は騒いだり動き回ったりはしないでおとなしくしていてくれた。

 

鮎斗君が電車に乗るのは初めてではなかった。養護学校時代の修学旅行に行くとき、いわき駅で鮎斗君を見送ったことがあった。駅の構内に入っただけですぐに電車に乗ることは分かっていたようだ。だが何処へ行くのかは分かっていないはずだ。その日、お父さんは植田駅の近くのイトーヨカドーまで行こうと思っていた。鮎斗君は少し緊張気味だが電車に乗り込んで椅子に座ると、ここでも静かにしていてくれたのですごく助かった。ある程度動き回ったり唸り声をだすことは覚悟して、対処できるよう心づもりしていたが、意外と静かに座席に座ってくれた。早速ポテトチップを食べ始めたのでどこへ行くのか不安だというようなこともない様子だった。

ヨーカドーに行きます

 

今日の目標は4つ目の駅、植田駅です。各駅の経過間隔は大体10分程度なのですぐに植田駅が近づいてくる。静かに降りてくれるか心配したが、お父さんが鮎斗君の腕を持って立つように促すと、スッと立ち上がった。ここで降りることは分かってくれたようだ。ホームに降りてから少し歩いて駅舎に入ると、お父さんは帰りの電車の時間を確認して駅を出た。駅を出て駅前広場からすぐにヨーカドーの建物が目に入るので、鮎斗君はもうヨーカドーに行くことは分かっているらしく、少し前のめり気味にズンズンと歩き出した。お父さんは後ろから小走りに追いかけて、鮎斗君の腕をつかんで「ゆっくり行くんだよ!」と声をかけながら歩いた。鮎斗君は食料品売場以外には興味が無いので、建物に入るとすぐの売り場で早速買い物を始める。その頃の買い物はまだ強いこだわりがなかったので普通にガムなどの駄菓子を買い込むとすぐに建物から表に出た。このまますんなりと駅に戻って帰りの電車にのれるといいんだけどと期待したが、そう上手くは行かなかった。

 

ヨーカドーから出ると、鮎斗君は駅の方向とは逆の方へ歩き始めた。”これは少しまずいな!”とお父さんは思った。鮎斗君の腕をつかんで駅の方へ向かうよう促したが、全く言うことを聞いてくれない。どこへ行こうとしているのか見当がつかない。前のめりになってズンズン・ズンズンとお父さんを引きずるように歩いていくのでお父さんも必死になって鮎斗君を追いかけた。15分ほど歩くと旧6号国道に出て仙台方面へ北上を始めた。時々歩道脇にある自販機を見つけると立ち止まってで缶ジュースを飲んで少し休憩をしながら歩き続けた。鮎斗君は歩くのが好きだ。とにかく延々と歩き続ける。何処へ向かっているのかは全くわからないが、方向感覚ははっきりしているらしい。きっと鮎斗君の中では行く先の目標は決めているのだと思うが、言葉で表現ができないのでお父さんには全く察しがつかない。ただ、黙々と歩き続ける鮎斗君を追いかけ続けた。泉駅近くまで7、8kmくらいは歩いていた。日差しの強い夏の蒸し暑い日だった。”このまま平まで歩くつもりかなあ”と思ったら急にお父さんは限界を感じてしまった。平まではまだ15kmはあるから、”これは無理だわあ”と思った。

 

お母さん、HELPE!!

 

お父さんは、携帯電話を取り出してお母さんに迎えに来てくれるよう連絡した。国道脇に材木屋さんと思うが、広場一面に丸太や木材などが束ねて積み重ねられている所があったので、その丸太に腰をおろして休ませてもらいながらお母さんの車の到着を待った。鮎斗君もだいぶ疲れていたようで自分からは歩き出す様子はなかった。20分くらいは待っただろうか、国道を平方面に目をやるとお母さんの車が見えた。お母さんの車が材木置き場の空きスペースに止まると、鮎斗君はすぐにすっと立ち上がって運転席のお母さんの顔を覗き込んだ。「なんだ、お前来たのか!」とでも言うような顔つきだった。鮎斗君は嫌がる様子もなくすぐに助手席に乗り込んだ。鮎斗君にとって一日中歩き回ることは年中行事だけど、やっぱりこの猛烈な暑さの為かさすがの鮎斗君も少し疲れていたようだ。お父さんも後ろの座席に乗り込むと冷えたエアコンの風に「フーっと」息を吐いて安堵した。最近ではこれが一番ホットした瞬間だった。そうして、鮎斗君の「電車で散歩」は失敗に終わった。

 

今、思い返してみると、あの時鮎斗君は何処かに行きたいのではなく、やっぱりただ歩きたかっただけなんだろうと思う。普通の人は何処か目的に向かって行き、目的を達成すると元に戻る。という行動をするが、大抵は車に乗って行って帰ることが殆どだから、それに鮎斗君が行きたい場所や行きたい方向に行ってくれる訳ではないので、そういう行動が言葉を持たない鮎斗君にとってはストレスが溜まるつまらないことなんだろう。目的は無くてもただ鮎斗君自身の足で思う方へ行きたいだけなんだろう。

 

自分の意思を表現する(伝える)方法がないということがどれほど辛いことか、お父さんには計り知れない。それでも、鮎斗君が自身があみ出した「歩く」ということが鮎斗君の言葉なんだろうということをお父さんは少しわかったように思う。

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