鮎斗君と歩いた散歩道Ⅲ 四倉大久町の山間にある海竜の里に行きたかった フタバスズキリュウで知られる化石のまちだ

鮎斗君
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海竜の里に続く道

鮎斗君とは随分色んな所にいったなぁ。夏の暑さの中、四倉まで歩いた。鮎斗君の頭の中では、この道をずっと行けば”あそこ”に着くんだという確信があったんだと思う。

 

四倉を過ぎて大久町から左手の山間部を行くと「海竜の里」という中型の遊園地がある。(1968年大久町で発見された”フタバスズキリュウ”の化石が発掘されたことで知られる、いわき市の観光スポットの一つ)子供用の恐竜型ジェットコースターや長いチェーンでできたブランコが傘の骨状に幾つか連なってぐるぐる廻る遊具などで遊んだ記憶があるのです。そのときはお母さんとお父さんとお兄ちゃんと4人で車で行ったのです。この道路を行けばそこに行けると確かに思ったのでしょう。

いわき市のホームページから引用

 

鮎斗君の好きな遊具は長いチェーンのブランコで、乗り込んで、ぐるぐる回り始めると傘が開くように遠心力で外側に開いて、風を切りなが3周か4周、回るのです。顔は少しこわばって興奮気味でしたが、何度も何度も繰り返し乗りました。嬉し差さを言葉で表現できないので、鮎斗君はチェーンを掴んだ腕を引きつけて、小刻みに体を上下に引き上げるようにして揺さぶるのです。鮎斗君の体重はその頃すでに80kgはあったので、その揺さぶりの振動はその傘のような遊具全体を揺り動かすほどだったので、遊具の係員に鮎斗君の嬉しさの表現を危険な行為とみなされ注意されてしまったのです。最後には他の利用者の迷惑になるからという理由で、その遊具は利用禁止となりました。鮎斗君にはそんな事情を理解する事は出来ませんから、何度もその遊具に乗りたがるので諦めさせるには無理矢理でも車に乗せて帰宅するほかありませんでした。

 

もう一度、”あそこに行きたい”という気持ちを忘れてはいなかった。あの、ブランコで風を切るスリル体験は、鮎斗君にとって忘れられない出来事となっていたんです。

その日の、鮎斗君の散歩の目的地は決まっていました。「海竜の里」へまっしぐら。最初はどこへ向かってるのかお父さんも検討がつきませんでした。いつもとは違うコースをズンズン歩いて、鮎斗君が通っていた養護学校前に通りかかったとき、学校の横を通る道に入り、そこから田んぼのあぜ道を歩いて常磐線の線路をまたぐ踏切を渡り6号国道に出たのです。鮎斗君には動物的な感のよさがあるのです。”学校からあの田んぼを過ぎれば海竜の里に通じる道路にでるはず”と、わかっていたのです。

 

さすがの鮎斗君も疲れました。

 

6号国道を四倉方面に進路をとった時、はじめて”「海竜の里」に行く気だな”と、気がついた。その当りは下神谷当りでもうすでに10km以上は歩いていた。いつも休みのときは12~13kmくらいは歩くので、そのくらいの距離は慣れてるが、そのときは、黙々とあるき続け、四倉駅前を過ぎ、波立薬師を過ぎて、左手に常磐線、右手に四倉の海岸線を見ながら歩いていたんですが、「あみや」という天ぷら料理店の近くまで来たときに、はたと止まってしまった。既に16kmくらいは歩いていたので、さすがに鮎斗君も疲れたのでしょう、もう夕方近くで薄暗くなりかけていたので、お父さんはここで終了だなと思い携帯電話でお母さんに迎えに来てもらうよう電話しました。お母さんが駆けつけるまで20分位の間、一歩も動きませんでしたから、鮎斗君も諦めたようです。お母さんの車に乗り込むとホッとしたように缶ジュースをゴクゴクと飲み干したのです。

 

鮎斗君が目的地に辿り着けなかったのは、後にも先にもこの時だけです。散歩でのコース選択では何度か同じコースの散歩を繰り返すのですが、その「海竜の里」コースはそれきりでした。

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