鮎斗君のオブジェ 記憶の断片を取り出して再現しようとする強いこだわりが、心の叫びだ。

鮎斗君
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遠い昔に思いを馳せる

 

「魔女の宅急便」のビデオでトンボがキキをプロペラ付きの自転車の後ろに乗せ走るとき対向車に危うくぶつかりそうになって宙に舞い上がりそして公園らしき芝の上に落ちて自転車が横倒しになる。このシーンを何度も巻き戻して繰返し見るのが鮎斗君の一つの楽しみらしかったのです。後に、このシーンの何が気に入っているのかわかるエピソードがあります。

 

鮎斗君がまだ小さかった頃、お兄ちゃんが高校生のときに乗っていたママチャリにまたがって後ろから押してもらって遊ぶのが好きでした。いつもそうして遊んでいると途中でわざと転ぶようにして自転車を倒すのです、もちろんわざと横倒しにするので、自分は転ばずに上手く自転車から降りて離れますから怪我などはしないのですが、その倒れた自転車をしげしげと眺めてはニヤニヤしているのです。何度も何度もそれを繰り返すので、”ああそおっかぁ”「魔女の宅急便」ごっこだな!と、分かったのです。

 

その後も自転車を見るとその自転車を横倒しにするので、家の前の小さな庭の真ん中にはいつも自転車が横倒しになっていました。しばらくしてお父さんが家の裏に自転車を片付けると、”俺の自転車どこいった”と言わんばかりに探し回って見つけると、自転車を引きずってきて庭の定位置に置くのです。しばらくはこんなことが続きましたが、やがてお兄ちゃんも高校を卒業して会津で一人暮らしをすることになったので、その自転車はすっかりサビて、タイヤはパンクしたままで全体が朽ち果てたようになってしまい、いつのまにか鮎斗の「魔女の宅急便ごっこ」も忘れ去られて、家の裏に置き去りになってしまいました。

 

鮎斗君はお父さんといつも「ストリートファイター」をします。鮎斗君は一人ではコントローラー操作が出来ないのでお父さんがゲームをやっているのを見てるだけなのですが、お父さんもあまり上手くはできません。いつも”レベル0”でしかやらないので15分もするとゲーム終了になります。月に一度程度お兄ちゃんが会津から帰って来ると、お兄ちゃんとゲームが始まります。お兄ちゃんはさすがにハイレベルの超スピードでゲームをしてくれるので、しかも、お父さんでは出来ない他の数種類のゲームも延々とやってくれるので、お兄ちゃんが帰ってくるのが待ち遠しいようです。

鮎斗君のオブジェは心の叫び、楽しかったお兄ちゃんとの思い出

 

お兄ちゃんは勉強が忙しいようでなかなか帰ってきません。何ヶ月も帰ってこない時もあり、待ち遠しくなった鮎斗君はある儀式を始めます。家の中に山を作って。お兄ちゃんが家にいてゲームをしてくれていた頃の楽しい日々を思い出して、そのころ来ていた服やら、お兄ちゃんが使っていたバックやらをタンスの引き出しを開けて引っ張り出して、二階の部屋中にうず高く積み上げるのです。自分の頭の中では、これでお兄ちゃんが来てくれるだろうとでも思うのでしょう。お母さんが片付けても、お父さんが片付けても、何度も願を掛けるように、それを繰り返します。今でも二階の一室は衣服の山が築かれたままです。

 

昔、懐かしい楽しかった頃の記憶は次々と蘇るのでしょう。今度はまた庭に朽ちた自転車のオブジェが出来上がります。これも、”お兄ちゃん早く帰ってきてくれ!”の願掛けでしょう。
庭の前を通る通路を廃品回収の業者さんが通りかかってうず高く積まれた自転車の残骸を指さして「その廃品、回収しますよ!・・・」と声をかけてきますが、お父さんは「これは息子の芸術作品なんで、ここで保存しているんです・・・」といいます。業者さんは怪訝な顔をして去ります。「変な家だな!」と思われているのでしょうが、この願掛けオブジェはしばらくはこのままにしておきます。

 

お兄ちゃんは会津から6年が過ぎてやっと家に帰って来てからは、お兄ちゃんが居なかった時の分を取り返すかの様に、思う存分ゲームをやってもらって大満足の日々を過ごしたのです。そして、いつの間にか鮎斗君も少しづつ成長し、庭のオブジェがなくても落ち着いていられるようになっていました。お兄ちゃんも今は嫁をもらい家を出て行って、また、月に一度くらいしか帰ってきませんが、もう以前のようにオブジェを作らなくても静かに穏やかな生活が出来る様になったのです。

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