人生初のインフルエンザで重症化回避のため入院

病気のこと
サンマリーナ海側から見たテトラ群
この記事は約8分で読めます。

透析患者のインフルエンザについて

後で書いているのだが、インフルエンザになって入院し、あまり記憶がないのだが確か、タミフルは1カプセルしか飲んだ記憶がない。後でお薬手帳を見たらやっぱり1カプセルしか処方されていない。鮎斗君がインフルエンザになったときは、タミフルは朝夕各1カプセルを5日分処方されたのを覚えていたから、どうして自分は1カプセルのみなのか不思議に思って、少し調べてみた。その結果が以下の引用文である。(提言の中で”1カプセル服用”とあるも、その詳細な理由は書かれておらず、自分の中では未だ不明です。が、医学的な詳細を知っても自分的にはあまり意味は無いので、納得はしています。)

  • 【日本透析医会ならびに日本透析医学会の提言】

抗インフルエンザ薬の投与

抗インフルエンザ薬としては、下記のいずれかを投与する。

(1)oseltamivir (タミフル、75mg/カプセル) 1カプセル服用させる

5日後症状が残ればさらに1カプセルを服用させる。

家族や友人が発症して患者が濃厚接触した場合は、患者の同意をとり1カプセル服用を勧める。

(2)zanamivir (リレンザ、5mg/ブリスター ) 1回10mg(2ブリスター)を1日2回5日間、
予防に用いる場合は10mgを1日1回10日間、専用の吸入器で吸入する。

なお吸入時気道刺激があり喘息のある場合には向かない。

重症化の兆候

経過中、呼吸困難や意識障害の兆候があれば、ためらわずに呼吸管理と透析のできる病院での入院加療に切り替える。

重症の合併症を有する透析患者に限っては、初診時から入院加療を選択することも考慮する。

2009年8月中に死亡した新型インフルエンザ患者8名のうち、受診から死亡まで2日以下の患者が5名にのぼる。

非常に速い経過をとり「次の透析のときに診てあげる」という対応では手遅れとなりうることを念頭に、慎重に診療にあたっていただきたい。

インフルエンザ発症の経緯

鮎斗君のインフルエンザ

鮎斗君、人生初のインフルエンザを発症です。

 

1月20日夜、元気なく風邪のような熱っぽさで体温測定すると「40度」超えを確認。お父さんがクリニックから処方されたPLが冷蔵庫に保管されていた最後の一包を飲ませる。直後39度台まで下がった。

 

翌朝体温計測すると、またしても「40度」超え。尋常ではない高体温。ここで初めて「インフルエンザ」を意識して、クリニックでの受診した。鼻汁での簡易テストで「インフルエンザA型」を確認。

 

タミフル(朝夕各一包)、総合感冒薬(朝昼夕各一包)を処方された。タミフルはカプセル錠だが、鮎斗君は粉薬以外は飲めないことを伝えると、粉砕の指示を加えて処方箋を出してくれた。

 

ジュースに薬を混ぜてうまく飲ませることができて、その日の夜には38度6分まで下がった。翌朝には37度台の微熱まで下がり、ひとまず危機を脱した。

 

その後2日間は37度台の微熱が続いたが、風邪の症状(痰が絡む咳)は7日間程度続いていたから、再度クリニックを受診した。インフルエンザの菌は体内から排出しきっているから心配ないとの事で、咳を抑える総合感冒薬を再度処方してもらった。

 

その後3日程で体温は平熱になり、咳もでなくなり、鮎斗君初のインフルエンザは終結した。鮎斗君は毎年「インフルエンザ予防接種」を受けていたから、インフルエンザには罹らないだろうと甘く見ていたが、今年は見事に外れてしまった。

 

お父さんも、お母さんも全員「予防接種」を受けていたから、鮎斗君のインフルエンザをもらうことは無いだろうと、ここでも”甘い判断”が見事外れてしまった。

お父さんのインフルエンザ

鮎斗君がインフルエンザを発症してから、タミフルで高熱を脱した3日目くらいから、お父さんの体調に変化が出始めた。

 

お父さんの平熱は36度5分程度だが、その3日目の夕方ぐらいから37度6分の微熱に上がり始めた。その夜には38度6分まで上がり、就寝前には39度8分まで上昇した。その時点では、まだ「インフルエンザ」を疑ってはいなかったが、鮎斗君がクリニックから処方された総合感冒薬を一包もらって飲んで就寝した。

 

翌朝、体温は下がるどころか「39度8分」まで上昇していたから、ここで初めて「インフルエンザ」であることを意識した。

 

その日は透析治療の日だったから、クリニックに向かう前に電話で「高熱がある」ことを伝えた。体調も著しく悪化し、呼吸困難も強く出てきていたので、自分の運転でクリニックに向かうことは困難と思い、近くに住む姉に連絡してクリニックまで送ってもらうことにした。

 

クリニックに到着するとすぐに、鼻汁の検査キットで検査を受けた。10分程度で「インフルエンザA型」と判定が出た。

 

鮎斗君のインフルエンザ発症から3日目にして、お父さんが二次感染してしまったのだ。

 

冒頭の「透析患者のインフルエンザについて」であるように、家族からの二次感染は起こるべくして起こったのだと、「感染しないはずがない」とはっきり認識した。先生の判断で即、入院の治療が始められた。当初、入院治療計画では当面3日程度の入院となったが、結局23日から29日までの7日間に及んだ。退院後するも万全の体調を取り戻すまで更に7日間を要した。

 

治療の経過

入院一日目

入院一日目は当初から透析治療日だったから、まず6時間透析治療が開始された。

 

透析室は病棟の一番奥に位置した他の患者さんと接触しないよう隔離された部屋にて実施された。病室に入るまでも、他の患者さんとの接触を避けるべく特別のルートを通って、車椅子で運ばれた。

 

クリニック到着直後から既に「呼吸困難」の症状が強かったので即、酸素吸入も始められていた。

 

「インフルエンザ」の具体的な治療は透析治療終了後に開始された。その日は食欲がまったく無く透析中に出された昼食も主食を「お粥」にしてもらったが、一口、二口むりやり食べたがそれ以上は食べられなかった。

 

透析終了後は入院病棟病室に戻った。夕食はお粥を少し食べられたがほとんど食欲はなかった。そのあと看護師さんの介助でタミフルとカロナール(解熱鎮痛薬)を服用したのだが、どんな状態でどんな風に飲んだのかあまり記憶がない。

 

入院直後の体温は39度台だったが翌朝には37度台の微熱帯まで下がって、全身の倦怠感や頭のボーッと感が軽減され、食欲も徐々に回復してお腹が空く感覚が戻っていた。タミフルの効力を実感した。

入院二日目から退院まで

翌日になると、更に頭がはっきりして、全身状態もかなり改善していた。食欲は通常状態に戻っていたから、朝食も完食できた。しかし、昨夜は痰がからんだ咳が繰り返し出続き、連続した睡眠が取れた記憶がない。ほとんど1時間おきに目が覚め眠れぬ一夜を過ごした。

 

ここのクリニックでは、長時間透析(6時間以上)を実施しているため基本的に食事は制限されていなくて、ほとんど普通の食事が提供されている。(普通の透析では蛋白質や水分、カリウムなどが制限された透析食が提供される)自分で食事制限を管理するのはとても難しいから、食事内容を気にしないで食べられるこのクリニックを選択したのは自分的にはとても良かったと思う。

 

というわけで、食欲が戻ると、3度の食事がとても楽しみになってくる。朝食8時、昼食12時、夕食18時30分。毎食事時間がとても待ち遠しく、食べるごとに体に力が湧いてくるのを感じる。3日目以降は主食のお粥も普通のご飯になったので、ますます力がついてきた。

 

入院5日を過ぎると、もう体力は入院前と同等の状態になってきたのを感じた。しかし、呼吸の苦しさは依然として続いていたから、酸素吸入はまだ続いていた。毎朝、顔を洗うために洗面所へ5,6歩、歩いただけで呼吸が苦しくなり、痰が絡んだ咳も続いていたから、まだまだ、体力面は70%程度でインフルエンザの影響は続いているようだった。

 

呼吸の苦しさは続いていたが、日を追うごとに体力は回復していったから、そろそろ退院できるかなという状態になっていたが、6日目の夕方から夜にかけて、体温が38度6分まで急上昇した。痰と咳も多く出て、風邪の状態がぶり返した。インフルエンザではしばしば見られる特有の症状らしい。カロナールを飲んで様子を見ることになった。更に体温が上がるようなら別の薬を処方すると言っていたが、その後、体温の上昇は無く37度台の微熱に戻った。

退院以降

家では、鮎斗君のインフルエンザも完治に近い状態になっていたようだが、お母さんが一人で仕事をしながら鮎斗君の見守り介助をするのは、とても大変で、そろそろ精神的に限界に近い状態になってきていたので、体力面の回復は80%程度と感じていたが、先生に無理を言って退院させてもらうことになった。

 

体温急上昇で一日退院は延びてしまったが、家に戻ると、やっぱり開放感で満たされ、体力の不足分は家族の顔を見ることで補うことができたと思う。

 

体力は徐々に回復したが、相変わらず呼吸困難は続いていた。退院後5日を過ぎても痰絡みの咳も出ていてインフルエンザの影響はまだ続いていた。退院後6日あたりから、痰も咳もやっと治まり始めると、次第に呼吸の苦しさも入院前の状態に戻ってきた。

 

なんと言っても、インフルエンザや風邪の影響で引き起こされる呼吸器症状の悪化で呼吸困難が起こることが、非常に苦痛だ。最初は風邪くらいで入院とは、なんと大袈裟なことかと思ったが、呼吸器疾患を持病に持つ自分の宿命なのだと思うと、重症化を懸念した先生の判断で入院させていただいたことは、本当にありがたいことだと実感した今回の入院でした。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました