お母さんの悔し涙 村社会のイジメとノーコントロールの上司に挑んで

鮎斗君のお母さん
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村社会(むらしゃかい)とは、集落に基づいて形成され、有力者を頂点とした序列構造を持ち、昔からの秩序を保った排他的な社会を指す。村社会にはしきたりがあり、それを破ったものには村八分などの制裁が科せられる。そこから派生して、同じような悪習を持つ閉鎖的な組織や社会も村社会と呼ばれる。

引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

お母さんが苦しい胸の内を吐き出した。

鮎斗君のお母さんは、病院の入院患者向けの食事を委託されて提供する給食会社で働いている。厨房で食事の調理、配膳や食器の洗浄などが主な仕事だ。栄養士の資格を持っているが、活かされていない。正社員ではあるが、人員配置の位置づけとしてはパートの下である。

給食業界で特に働く場所としての厨房組織は、一種の村社会的な要素が強く残っっている場所であることが多い。厨房と言う村の長老は委託会社の責任者では無く、一番古株のパートである。委託会社として組織運営能力が低い場合にはその傾向が強くなる。

”温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たく、患者様に喜ばれる美味しい食事を提供する”気など毛頭ない。自分たちが如何に楽できるか、どうやったら早く作業が終わるかしか考えていないらしい。一般に栄養士は献立作成や発注や食材管理のため事務所にいることが普通なのだが、厨房で作業に当たるパート職員たちは栄養士に対して異常なほどに敵対心をむき出しにする。
”自分たちが熱い厨房で時間に追われ、汗だくの作業を強いられているのに、栄養士はエアコンの効いた部屋でぬくぬくと椅子に座っている”のが許せないらしい。
「このメニューはこうしてください、ああしてください」などと指示など出そうものなら、途端に反抗心をむき出しに”前はああだった、こうだった”と、いう事を聞かない。挙句の果てに食器を投げつける、怒鳴る、無視する、かと思えば「バーカ、〇〇のバーカ、〇〇のバーカ」と大声で連呼しまくるのだ。そこまでやるかと思うことも平気で恥を知らない。

ノーコントロール(管理能力ゼロの世界)

普通、会社として(会社の現場責任者としてのリーダーとして)管理能力があれば、そういう村社会的な組織は徐々に解体されていくはずだが、その会社自体、リーダーを教育養成する組織力さえも無いのだから全く救いがない。給食業界の場合、安い単価での契約が多く、人件費やその教育などにはお金をかけないことが多いから、現場のリーダー個人の資質に頼らざるを得ないのだ。だから、リーダー個人に資質がない場合は最悪である。一旦イジメの対象になってしまうと、パートと一緒になって追い詰めようとするのだ。そうなったら、村社会は、より強固な組織となり、正にパートたちの独壇場になる。勤務シフトさえ自分たちに都合のいいように誘導されてしまい、パートの言いなりになってしまうのだ。会社としての組織は全く機能しなくなっていくのである。

まだまだ続く村社会

鮎斗君のお母さんは、そんな村社会の中にあって一番の弱者と位置づけられてイジメの対象となってしまったが、そんな村社会の一員にはなるまいと、必死に抵抗を続けている。実に気丈に闘っている。でもしかし、もう何年も闘っていてもさすがに「バーカ、〇〇のバーカ、〇〇のバーカ」とやられた日には、さすがにこたえたらしい。家に帰ると、早速お父さんにその顛末を話し始めた。「最高におっかしい事があった」と笑いながら話し始めたが、やがて苦悶の表情に変わると、目には涙が溢れていた。今まで何度もその村社会の理不尽さを聞かされてきたけど、こんなに悔しい胸の内を効いたのは始めてだった。お父さんもさすがに、それはだめだ、そんな事は許せない。「今度会社に出向いて抗議してやるよ」と言ったが。「それは止めて!・・・もうちょっと頑張ってみるから」とティッシュで鼻水を抑えながら、消え入りそうな声で言った。お母さんもプライドがあるし何か考えもあるからと言っていた。今回は出しゃばるのは止めにした。それにしても、この会社、この人達なんとかならないのかなあ・・・。

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