夏休みの思い出、浮金石の産地の山で石職人の爺ちゃんにカブトムシやクワガタを取りに連れて行ってもらった。

鮎斗君
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浮金の爺ちゃんは石職人

 

鮎斗君が生まれる前、お兄ちゃんが、まだ3歳か4歳ぐらいのとき、お母さんの実家に連れて行くと爺ちゃんがよくカブトムシ取りに連れて行ってくれた。今から30年も前の話だ。

 

お母さんの実家は、ここ、いわきからは50か60kmくらい郡山方面へ向かった田村郡(現在は田村市)小野町から更に北へ10kmほど行った小さな山間の町、浮金という町だった。浮金は多くの石材店が点在する”石”の町である。浮金の黒石山では、高級墓石のブランドで日本を代表する黒御影石が産出されていた。爺ちゃんは、山から石を切り出す石職人で発破をかける(ダイナマイトを仕掛けて爆破する)責任者でもあった。

 

驚きの虫取り方法は

 

朝、まだ薄暗いほど早く起きて、鮎斗君のお父さんと、お兄ちゃんを車に載せて、山に入ると運転席からキョロキョロと雑木林の木を確かめるように見わたしている。後から分かった事だが、それはクヌギの木をさがしているのだった。一本の木の前で車を停めるて、車道から雑木林の中に分け入ると、おもむろに、木の根元付近から5,60センチほど上のところを長靴を履いた足で力を込めるように「ドン、ドン」と1、2度蹴り上げた。その振動が幹を伝って上に伸びている枝葉を揺らし、葉と葉が擦れた音が加わって「ドシシン、ドシシン」と響いていた。

 

すると、同時に何か上から落ちてきた。カブトムシには似ても似つかない、しかし美しいコバルトブルーと鮮やかな金色に輝くコガネムシだった。カブトムシではなかったけれど、お兄ちゃんは大喜びだった。爺ちゃんはまた「ドン、ドン」と木を蹴った。今度はクワガタが落ちてきた。お兄ちゃんは、すぐさまクワガタを捕まえて虫かごに入れては、少し興奮気味に目を丸くして虫かごの虫を眺めていた。

 

今度は鮎斗君のお父さんも、爺ちゃんのマネをして近くの別の木を蹴ってみたが何も落ちてこなかった。爺ちゃんによると、クヌギかナラにしかいないらしい。なので爺ちゃんはそのクヌギを見分けていたようだ。お父さんにはどれがクヌギかナラかも区別がつかなかったのだ。しかも木を蹴り上げて虫を落とすやり方も初めての経験だったから、お兄ちゃんはもちろん、お父さんも、爺ちゃんを尊敬の眼差しで見つめたのだった。

 

その後も、何度か車を走らせては、クヌギの木の前で止まって、「ドン、ドン」を繰り返したが残念ながらその日は一匹もカブトムシは取れなかった。

 

とうとう待望のカブトムシが

 

その日の夜、今度は近くの石材を加工する工場に連れて行ってくれることになった。そこには外灯が点いていて、多くの虫たちが外灯めがけて飛んでくると言うのだ。10分くらい歩くと、その工場の外灯らしい光が見えてきた、工場に着くと、その光は普通の外灯ではなく、防犯のためだろうか昼間のように煌々と輝く水銀灯のようだった。なるほど、これなら相当遠くからでも虫たちが飛んで着るだろうと納得した。その水銀灯の下にはもう既に沢山の虫たちが落ちてあるきまわっていた。お兄ちゃんは、早速その中から、目ざとく一匹のオスのカブトムシを捕まえた。「カブトムシだ!」と今度は大興奮だ。そうしている間にも、虫たちが飛んできては水銀灯に「バチンバチン」衝突して次々に下に落ちてくる。メスのカブトムシやミヤマクワガタも取れたからお兄ちゃんの興奮は最高潮に達していた。

 

毎日山で石を切り出す重労働をして、疲れ切っているはずなのに、孫を喜ばせたい一心で、朝早くから夜遅くまで付き合っってくれた爺ちゃんには、本当に一日ご苦労さまでしたと、感謝し尊敬の念に耐えないお父さんとお兄ちゃんの忘れられない一日となったのだった。

 

あれからもう30年近くも経って、2008年に爺ちゃんも天国に召され、歴史を刻んだ家も2011年の大震災の影響で取り壊されてしまい、鮎斗君のお母さんにとって、いまはもう帰る故郷もなくなってしまった悲しい思い出でもあった。

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