透析日誌2 透析の日々は食事の把握と体重管理で乗り切る

病気のこと
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2019年(令和1年)7月29日(月曜日)4時、熱帯夜の蒸し暑さで目が覚める。

網戸にの付いたサッシ開けて風を入れる。ここは50戸程の小さな住宅団地だ。近くを通る国道バイパスからは10メートルほど上がった小高い丘に位置してその丘の奥側には更に5メートルほど上がって雑木林が広がりその奥にゴルフ場が隣接している。その団地から更に10メートル位上がった丘に、かつて住んでいた雇用促進住宅がある。6階のベランダ側から見下ろすと鬱蒼とした雑木林が広がっていて、そこを造成してこの住宅団地が出来たのだ。ゴルフ場との境目には奥行きはどのくらいかわからないが雑木林がまだ少し残されている。かつてはその雑木林のなかに沼溜池があり、促進住宅に住む悪ガキ共が探検と称して遊び訪れる場所になっていた。庭を掘るとすぐ岩盤になっていて水がにじみ出てくるので、その沼溜池があった辺りにこの団地が出来たことが想像できる。だから、近くには”田んぼ”は無いのに、その雑木林にはまだ、その沼は今は無いはずだけど、まだ何処かに水たまりでもあるのだろうカエルの大合唱が聞こえて来る。セミや小鳥たちのかん高い声などもまじり、そんな中に、時折、あれは何の鳴き声かわからないが、猫を踏んづけた時のような「ギャー」という叫び声ともうめき声ともつかない声らしい音が耳に飛び込んでくる、それはあまりに気味悪いのでネットで調べたのだが、どうも「ふくろう」らしい。バサバサと羽の風切り音が近くを通り過ぎるから更に恐ろしく不気味に感じる。新聞配達のバイクが来ると、一瞬大合唱が止むのだが、通り過ぎるとすぐにまた大合唱が始まる。一旦目覚めて気になってしまうと二度と眠りに付けない。丁度その頃、1階からお母さんの携帯電話の目覚まし音がなり始める。いつもの毎日が始まったのだ。しばらくベッドの上でカエルの大合唱を聞きながらボーッとしているが、その目覚ましのスヌーズ音でベットから出て1階に降りる。

1階に降りるて呼吸を整える14段の階段からおり切ってソファーまで歩くが、その時の呼吸の具合で体調の良し悪しがわかる。今日の調子はまずまずだ、呼吸の苦しさは多少あるが血圧の低下感も無いようだ。血圧計、体温計、吸入薬を準備して、いつものようにまずお湯を沸かしインスタントのカフェオレを1杯飲む。一呼吸置いてから体温、血圧を測定して、スマホアプリを起動してデータを記録する、シャント音も録音して確認する、ここまでは毎日同じだ。

今日は透析の日だから、昼食用のおにぎりを作る。アルミホイルを10センチほど切って鮭の切り身をのせるたら、オープン型のトースターに入れて15分位にタイマーをひねって置く。鮭の切り身1枚を焼くのに、ガスレンジの魚焼き器やフライパンなどは使わない。後始末が楽なのでいつもトースターを使う。おにぎりは少し大きめの200gだ。ジャーからご飯をラップでくるんで焼いた鮭を適宜30g位入れて整形して全体に塩を振りそのまま粗熱を取り、海苔を半分にカットして巻きつける。これ一個で十分だ。お母さんの出かけるタイミングが合う時はお母さん用にも一個作るときもある。具は大体が鮭だ、刻み昆布の佃煮や、おかか、梅などの時もある。

お母さんはいつも大体5時20分頃には家を出るので、鮎斗君を起こすまではまだ少し時間があるので、夕食後からの流しに溜まった食器を洗い、ゴミ出しの準備を済ませる。おにぎりの余った鮭で朝食を食べたら、今日のブログ記事の構想を練る。時間を見て鮎斗君を起こす時間まで、ソファーで横になる。体調が悪い時は、食器洗いなどは省略することもある。

7時40分位に鮎斗君を起こす。着替えをして、歯磨きは出来ないので、お父さんがする。ジュースでお薬を飲んでいる間に、トーストを一枚焼いてジャムを載せて朝食を摂らせる、テレビを消すのは鮎斗君の仕事だ。いつもの着替え入りのバックと上履き用の袋を持って車に乗り込む。ここから施設まで、30分、約20kmの道のりだ。鮎斗君を施設まで送り届けすぐにクリニックまで、来た道を引き返す。

9時丁度頃クリニックに着くと、ロッカーへ直行しパジャマに着替えてすぐに体重測定する。

ちょっと長くなったので透析の様子からは明日に持ち越す。

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